暗黙知と形式知は、やっぱどっちも大事だと思う。

通常目に見えない物事を「見える化」「可視化」するっていうのは、どんな分野であれとても大事だと思っています。

野球の長嶋監督みたいに「バーンといけ」「ドカンとやれ」ではなく、野村監督のように「グリップの位置はここ」「こういう時はこの角度でこうやって打つ」といった説明をできるような。

やったことない事でも、「型」「ルール」「説明書」があることで解決できることは多いし、いろんなことの難易度が下がる。

だから、私も物事に対して色々文字にしてみたりするし、出来る限り言語化するように意識はしています。

それを分かったうえでも、とてもとてもとても大事にしているのは・・・

野村監督のように論理的に説明されるよりも、長嶋監督からあふれ出ている「暗黙知」を、感覚的に吸収する方が得意な人間だって大勢存在するということ。爆

・・・何を隠そう、私は見事なまでに、長嶋監督派なんですよね。

これは高校時代に自分でもハッキリ気が付いていました。

新しい技を覚える時は、あーだこーだ説明されるよりも、「ととんとん、とん、とーんで斬る感じ」みたいな(笑)。

特にスポーツは、テンポとか擬音で説明される方が、ずっとスムーズに実践できた。

試合になると、それこそいちいち頭を使うので、余計なところで頭使ってる時間が無いから体で覚えるべき点は「感覚」で覚えるようにしていた、みたいな感じも多少あったかも。

「百聞は一見に如かず」

的な。

一流の選手が一流の監督とは限らない。

・・・っていうのも、多分こういうことなのではないかと、思ってるんです。

ビジネスの世界(就活も)では、「形式知」を重んじる方が、恐らく「正しい」。

そっちの方が、結果を出しやすいと思う。

効率化だって大事だし、そもそも誰かと知識を共有するには「形式知」が必要ですし。

・・・ただ、やっぱりそういうことを分かっていても「感覚」はおろそかにしてはいけないとも思っていて。

感覚とか感性とか、意味のない(意味不明な)こととか、言葉で説明できないこととか、空白・余白は、人を惹きつける。

アートなんかはまさにそうなんじゃないかな。

芸術やデザインが人の心を動かす時、その多くは、なぜ自分が感動してるのか、文字や数字では正確に説明ができないし、解釈も人によって変わる。

「なんか、意味わかんないけどすげぇ。」

あと、スピーチなんかも。

ブラジルがジウマ政権だった時、彼女のスピーチを何度か聞いたんですが、この人、スピーチの間にめっちゃくちゃ「沈黙」を入れるんですよね。

私はポルトガル語がそこまでできないので、言ってることを完璧に聞き取ることはできなかったんですけど・・・

“目が離せなくなった” のは覚えてます。

「沈黙」自体には意味がないんですが、その無意味な「沈黙」によって惹きつけられたな、と。

そう考えると、音楽も一緒で・・・

一つの「音」自体には意味はないけど、その意味のない「音」が集まって一緒になることでメロディーができて、そこに引き手の感情が乗って、そこで聞き手は感動する。

「形式知」があることで、人は確かに、色々なことが効率的に出来るようになります。

ビジネスをするならなおさら、数字やデータを見るのも大事だし、目に見えないことを可視化させることも大事。

iPhoneが出てきた時のように、

「説明書が無いのになぜか感覚で使えちゃってるし、これやばくね?」

SUGEEEEEEEEE!!!!!!!!!

みたいなことって、まさに「形式知」だけでは無理な感動だと思うわけです。

夫は生粋の理系で常に論理的に話す人だし、どちらかというと「感覚」とかを否定する派(笑)。

気持ちはわからなくもないんだけど。

・・・だからこそ私は、娘との会話では何でもかんでも全ての背景や理由を1から説明するのではなく、「こんな感じ」とか「なんとなく」とか。

それこそ擬音とか映像とかジェスチャーとかをめちゃくちゃ意識して使ったりしています。

この前娘が、オレンジと黄色が好きな理由を「ビューンでばーーー!だからっ!!!」って一生懸命説明していたんですけど・・・

夫はそれを、論理的に理解しようとするわけですね。

彼女が言ってる「何か(よくわからないもの)」を、大人が理解できるように「形式化」しようとするわけです。

(違うんだよ。彼女の中では、何かしらの何かしらが「ビューンでばーーー!」だから好きなんだよ。)

っていう解釈を、あえて、するようにしています。(笑)

※ただ、これを夫の前で発言するかしないかは夫婦の関係にも関わってくるので、その時判断。笑

3歳の娘は、これからいろんな経験をしていって、いろんなことを覚えていくわけですが、娘や私や夫は、それぞれ別の人間なので、彼女が「形式知派」「暗黙知派」のどちらかなんて、まだわからない。(笑)

そもそも、自分はどっち派なのか、「自分で気が付くこと」が一番大事だし。

数学的なことは夫に任せるとして。

私は、少なくともどちらの選択肢も与えられるように、感覚的な暗黙知の存在も伝えられる母親でいたいな~と。

あ、まとまり無くなりましたね。

終わります。爆

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